北上さんは学生の頃から社会人一年生にかけて付き合っていた彼がいた。
「うちの学科で一番センスが良かったの。服装も音楽も。私は田舎者だったから垢抜けてる彼が眩しく見えたの」
同じ学科に元カノが二人いたが、気にしなかった。
「やっと私の番がめぐってきたって思って」
彼は自室でトカゲを飼っていたが、それすらも魅力的に見えたという。
「私は爬虫類は苦手だけど……。水槽から出さなかったし、人と違うことをしているってのが、とってもクールに見えてたの。当時はね」
そう振り返る。
しかし大学を卒業し、社会人として働き始めるとかつて輝いていたものが色褪せて見えてきた。
卒業後、アパレルのバイヤーを目指すと口にするが行動に移さないままアルバイトをする彼が「小さい人」に見えてきた。
彼とのデートも週に二度から一度に減り、忙しさを理由に月に一度程度になっていった。
近いうちに別れなくちゃ……そう思いながら惰性で付きあい続けた。
そういった態度は、もれなく相手に伝わるものだ。
ある日彼の自宅に泊まりにいくと、どこか空気がぎこちなかったという。
彼から話を切り出した。
最近冷たくない? と。
北上さんは迷ったが、とりあえず問題を先送りすることにした。
「ちょっと疲れてるの。気にしないで」
「ふぅうん……」
別れるのはクリスマスが終わってからでも遅くない。お正月を過ぎたあたりで切り出そうと北上さんは考えた。
「まぁそんな時もあるよね。これでも飲めば?」
彼はキッチンからコロナの瓶を持ってきてくれたそうだ。
「あとから考えれば、あの時、彼は私の目を見なかった」
乾杯してからライムがききすぎたコロナを飲み干した。
しばらく彼と話していたが、十分もすると腕に力が入らなくなってきた。我慢できないほど体が重くなり、ロレツが回らない口で「寝るぅ」と彼に告げると、ベッドに横たわった。眠気というよりも、暗闇が襲ってきた。
北上さんは夢の中で大好物のアイスを食べていた。
ハーゲンダッツの、ナッツが入ったアイス。
冷たい甘みを口中で溶かしながら、ナッツの感触を歯で楽しむ。
硬いナッツは奥歯で「ジャリ」と噛み潰した。
歯の隙間にアーモンドの皮が挟まって邪魔だなぁ、と思いながら北上さんはゆっくり覚醒した。
マラソンをした後のような気だるい寝起きだった。
彼は出かけているようで姿はなかった。
強烈に喉が渇いていた。
「んんん?」
口内に違和感を感じた北上さんは、舌で歯茎をまさぐった。
「あぐぇ」
ほとんど反射的にベッドに吐き出すと、千切れた黒い触角と羽だった。
北上さんは即座にその正体を察知してしまった。
彼が以前見せてくれたもの。
胃の中のものをもどそうとしたが、すでに消化された後なのか胃液と涙しか出なかった。
彼女が夢の中で食べていたものは、トカゲの餌の冷凍コオロギだった。
泣きながら医者に向かう最中、彼からメールが届いた。
『おいしそうにたべていたよ。やっぱりぼくのぺっとだね』
添付されていた動画ファイルは北上さんの口元にコオロギを押し込む映像だった。
丁寧に砂糖をまぶしてあるシーンまで録画されてあったという。
以来彼とは二度と会っていない。
「あんな奴は死んだ方がいい」
北上さんは最後にそう仰った。